マンションの管理人は「管理人」ではなく「管理員」だということ

マンションの管理人は「管理人」ではなく「管理員」だということ

「管理人さ〜ん」と声をかけられて「いや、違います管理員です」といちいち言い返すわけにもいかないので、笑ってすませているが、決して管理人ではないのだ。というのはあくまで入れ替わり可能な組織より派遣されている管理人だから、管理員なのだ。
このことは研修中に何度も言われた。
「マンションの管理人」と訊けば何かがはじまり出しそうな小説のタイトルにもなりそうなものなのに、こっちは世俗にまみれている。客との応対に負われたり、クロネコの兄ちゃんに文句をつけたり、苦情を受け付けたり、果ては逆行する自動車があれば追っかけていかなくてはならない忙しい身の上だ。
ポール・オースターは夏場の別荘管理を頼まれてバイトをしたことがある。その詳細は『トゥルー・ストーリー』に詳しいが、こんな身の上を連想していたのに大違いだった。
ポール・オースターは書いている。
「翌1973年、私は南フランスの山の中にある屋敷の管理人にならないかと誘われた」
それも恋人と二人でしようと言うのだ。
「二人の若い書き手が一年を過ごすには理想的だった。Lも私も執筆に励み、二人ともその屋敷にいるあいだ、思ってもいなかったほど仕事がはかどった」
Lと二人して屋敷の管理をしながら執筆に励んでいた。ただし週50フランの送金が遅れるとひもじかった。そしていよいよの時はオニオンとパイきじ一枚になってしまったとき、オニオンパイをつくろうとして失敗して生焼けのパイにかじりついたときの味は忘れられないと哀歓をこめて書いている。Lとは結婚し、そして離婚した。
せめて、身の上は世俗で忙しくとも気持はポール・オースターになって、ゆったりとすごしたい。なんせ拘束時間はたっぷり山のようにあるのだから。